忍耐力
文芸春秋に寄せたエッセイである。
しごと なされよ
きりきりしゃん と
かけたたすき の
きれる ほど
村外れの水車小屋の番人である五一じいさんは、機嫌
よく歌を歌いながら一日中働いている。
愛子氏が学んだ、小学校2年の教科書に載った「五一
じいさん」は、唱歌にもなって、皆で合唱したという。
きりきりしゃん と仕事をする、働くことの美徳が子供たち
に染み込んでいった。
「日本女性は、我慢強いことは世界一です、出産のとき
日本女性はどんなに苦しくても決して泣かない」 と先生
は言った、という。
私の父(佐藤紅録氏)は、
「強いということは、誇りを持っているという事だ」
「人として誇りのない奴がグウタラになる」
「カネカネという奴は下司野郎だ」
と言った、という。
こうしてある時代の日本人の基礎が作られていった。
それが良いとか悪いとかをここでいうつもりはない。
しかし、国破れ、どん底から奇跡の経済成長を遂げたのは、
こうした努力勤勉、忍耐、克己の精神が染み込んでいたから
ではないだろうか。
苦しい時は遠慮せずに泣けばいい。
無理に我慢しているとプッツンする。
苦しい時に泣かないのは、無駄な我慢だという。
今はそういう。
しかし、愛子氏は言う。
我慢に無駄はない。たとえ理屈に通らぬ我慢であっても、
だ。なぜなら、それによって鍛えられて身につく精神力が
有るからだ。それが生きていく上でモノをいう。
世の中、理不尽や、不如意が満ち満ちている。闘うにも
闘えない場合がある。地震や旱魃などの自然現象だ。
坑いようのない病気や死別だ。その時にモノを言うのが
「耐える力」ではないのか。
(文芸春秋 SPECIAL より抜粋)
耐震偽装、食品偽装、何と教員採用汚職まで、偽装が
万延する。汗を流さず手抜きをする、ズルをする。我慢や
辛抱を嫌う。
日本人が持っていた高い倫理観、忍耐力が揺らいでいる。
軸足を失ったコマは回ることが出来ない。
きりきりしゃん、 と仕事をして、先人たちが流してきた汗の
結晶に応えねば申し訳が立たないであろうに。
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