メビウスという名の地下鉄
異なった高さのところで、七つの本線を結びつけ、150
万人の乗客を運んでいた。
ある日のラッシュ時、満員の乗客を乗せた一本の電車
が忽然と姿を消した。
最初、この電車が消えたことに誰も気づかなかった。
この電車は、路線系統上のどこにも姿はなかったが、
遠くに高速で走る電車の低い金属的な轟音が聞こえた。
「メビウスという名の地下鉄」 A・J・ドイッチュのサイエンス
フィクションである。
「細長い帯を半回転ねじって張り合わせると、裏も表もない輪
ができる。
そのメビウスの輪のような不思議な性質が、大都市の地下鉄
網にまぎれこみ、一台の電車が忽然と姿を消した......」
「アンドロメダ病原体」や「メビウスという名の地下鉄」などSF
小説華やかなりしころの名作である。
高度な科学技術の発展に伴う社会や国家の危機管理に対する
警鐘でもあった。
強育とは
小学校の生徒が、授業中にうろうろするので、親に
意見をすると、「うちは自由に育てていますから」という。
好きなようにさせる、ことではない筈。
自由の何たるかも知らず、躾も出来ない情けない親で
ある。
子供を放任し、鍛えなければ、どうなるか。
我慢知らず、知恵も身につかず、体ばかりでかい大人に
育つ。
これを「アルファ症候群」と言い、もとは「飼い犬」の異常
行動について命名されたものだという。
結実氏は、「犬は狼であったころから、群れを作って暮らし
ていたため、序列意識が非常に強い動物です。飼われている
家族の序列も即座に見抜き、家族の最高序列者には絶対的
に服従するという習性がある。
しかし最近の犬は番犬ではなく、ペットとして飼われ、家族
の一員として扱われ、厳しい訓練もなく甘やかされている。
ときとして、一番いいソファーに寝そべったり、食事も最初に
食べさせられると、自分が家族で一番上の序列にいるのでは、
と勘違いし、飼い主の命令に従わなかったり、唸り声をあげたり、
家族に噛みついたりします」
親や教師に甘やかされ「脳幹」を鍛えるような「強育」をされ
ないために、この「アルファ症候群」に陥っている子供たちが
多い、と結実氏は言う。
犬の症例が、人間に当てはまる、何とも哀れな現象である。
最近の反社会的事件の根っこはどこにあるのだろうか。
アメリカやインドの子供たちの80%以上が、親や教師を尊敬
するという。日本はこの数字が50%を切る。
50%を切ると、いずれ国として立ち行かなくなる、と言われる。
尊敬に値する親や教師がいない、などと冷めたことは言うまい。
子どもたちには、強育により、真っ当に生きていけるだけの知恵
を、熱く語り、授けるべきであろう。
言行不一致
多い。
「言っていることと、やっていることが違うじゃないか」と
言うと、「言ったりやったりは出来ないんだよ」という。
「大安売り」という落語がある。
『巡業から帰った関取に町内の人が聞く。
「成績はどうだった」と聞くと
「勝ったり負けたりでごんす」と答える。
そこで取り組みを初日から順に聞いていくと
全部負けている。
「勝ったり負けたりって言ったじゃないか」
「いえ、向こうが勝ったり、こちらが負けたりです」という。
「そんなにまけるのなら四股名を、大安売り
にしたらいいだろう』
世の中、すべてに反論が成り立つ。国会論戦はその典型
なのかも知れない。
49対51 多数決ですべてが決まる、つらい世の中である。
49の思いはどこへ行くのだろうか。
解決できない問題がある。神の存在と、部分と全体(個人と国家)
の不条理である。
正直とは
シンガポール、「チャンギー刑務所」で、日本人BC級戦犯
の教誨師を務めた。
太平洋洋戦争の終結後、多くの日本兵が収容され、BC級
戦犯として、不当に裁かれ、死刑に処せられた。
部隊の中で、お経が読めるのはお前しかいない、だから
行ってくれないか、というようないきさつで、チャンギー刑務所
へ向かったという。
チャンギーのPホール(死刑囚房)に毎日通うようになった。
明日のない環境の中で、なおそれぞれが立派な方ばかり
で、学ぶことばかりであった。
その人たちから私に託されるものがあった。「遺書」である。
妻に、両親に宛てて、何としても届けてほしい、と。
私は迷った。英国管理の下、当然、収監者と外部との物品
の出し入れは厳しく禁じられていた。
正直とは、どういうことか、という問いの前で、私は立ちつく
した。
「論語」と出会った、というしかない。たまたま開いたページ
に、「正直」をめぐる問答が出ていた。
葉公という知事が孔子のところにやってきて「私の村には、
他人に自慢したいくらいの正直者がいる。その者が盗んだら、
子は隠す。子が盗んだら父は隠す。その中に、おのずから正直
が現れる」と。
この孔子の言葉に、はたと考え込まざるを得なかった。
「隠す」とはどういうことか、(盗んだという)事実は隠せない。
その上で、子どもが親をかばうとすれば、方法は一つしかない。
父の身代りになること。「私がやりました」と罪を引き受ける、
自分が犠牲になる、自分を捨てはじめて親をかばうことができる。
これが本当の親子の情であり、真実の情なのだ。孔子はその
ことを教えているのではないか。
そう考えたとき、迷いが消えた。発覚したら、自分が犠牲になれ
ばいい。遺書を、魂の叫びを、禁を破っても命がけでお預かりしよ
う。 心は決まった。
振り返って、私はその時、仏教の説く「真実」を学んだのである。
産経新聞 (南方収容所で学んだ真実)より抜粋。
田中日淳氏は、85歳の時、今日まで大切にお預かり
していた遺書、直筆の手紙など9点を、靖国神社、「偕行
文庫」に奉納させて頂いた、という。
現在90歳を越えられて、「正直」とは何か、と考えつめた
日々が蘇る。
先の大戦で、祖国を背負って戦い、命を落とした英霊たち
が、何を思い、愛する人たちに何を遺したかったのか、未だ
想いを馳せるという。
忍耐力
文芸春秋に寄せたエッセイである。
しごと なされよ
きりきりしゃん と
かけたたすき の
きれる ほど
村外れの水車小屋の番人である五一じいさんは、機嫌
よく歌を歌いながら一日中働いている。
愛子氏が学んだ、小学校2年の教科書に載った「五一
じいさん」は、唱歌にもなって、皆で合唱したという。
きりきりしゃん と仕事をする、働くことの美徳が子供たち
に染み込んでいった。
「日本女性は、我慢強いことは世界一です、出産のとき
日本女性はどんなに苦しくても決して泣かない」 と先生
は言った、という。
私の父(佐藤紅録氏)は、
「強いということは、誇りを持っているという事だ」
「人として誇りのない奴がグウタラになる」
「カネカネという奴は下司野郎だ」
と言った、という。
こうしてある時代の日本人の基礎が作られていった。
それが良いとか悪いとかをここでいうつもりはない。
しかし、国破れ、どん底から奇跡の経済成長を遂げたのは、
こうした努力勤勉、忍耐、克己の精神が染み込んでいたから
ではないだろうか。
苦しい時は遠慮せずに泣けばいい。
無理に我慢しているとプッツンする。
苦しい時に泣かないのは、無駄な我慢だという。
今はそういう。
しかし、愛子氏は言う。
我慢に無駄はない。たとえ理屈に通らぬ我慢であっても、
だ。なぜなら、それによって鍛えられて身につく精神力が
有るからだ。それが生きていく上でモノをいう。
世の中、理不尽や、不如意が満ち満ちている。闘うにも
闘えない場合がある。地震や旱魃などの自然現象だ。
坑いようのない病気や死別だ。その時にモノを言うのが
「耐える力」ではないのか。
(文芸春秋 SPECIAL より抜粋)
耐震偽装、食品偽装、何と教員採用汚職まで、偽装が
万延する。汗を流さず手抜きをする、ズルをする。我慢や
辛抱を嫌う。
日本人が持っていた高い倫理観、忍耐力が揺らいでいる。
軸足を失ったコマは回ることが出来ない。
きりきりしゃん、 と仕事をして、先人たちが流してきた汗の
結晶に応えねば申し訳が立たないであろうに。
シャレかジョークか
壮絶な生きざまを魅せた、水原弘である。
あなたの瞳や心に、虹や光を見て、ああこの人に
ついて行きたい、と言い、連れ添った人も多い。
長年連れ添って、今、何故か光るところが、どこか
違う。
風呂で釣りをしている男に、通りがかりの男が
訊ねた。
釣れますか?
旦那、これは風呂ですよ。
初めは、今どき人気の小咄から、次は、アルベール・
カミユのエッセイからである。
ああかん違い、すれ違い、人の世の不条理であろうか。
解のない問題
数学には、「解のない問題」、「解があっても解けない方程式」
つまり答えのない問題も有る、という。
古代ギリシャに、三大難問があった。
角を三等分せよ
円と等面積の正方形を作れ
形が同じで体積を二倍にせよ
これらの問題が、不可能と証明されたのは十九世紀に
入ってからだという。
著者は言う。
『いかに解くべきか?」 ここに問題がある。この考えこそ
が、そもそもの大間違いだ。
問題には解(答え)のない問題もある。このことをギリシャの
三大難問は教えてくれる。
ここが肝要。 政治家にとっても、起業家にとっても、このこと
を覚る(さとる)ことが一番大切なのである」
数学の効用は、まさにここにある。今の学校教育では、解(根)
のない方程式があることなんて本気になって教えてくれない』
インドヒンドゥーの神、阿修羅は、あまりにも正義を主張しすぎて、
他の神々より天界から追放されてしまったという。
実社会では、答えは一つではない。正義も、真実も一つではない。
一つの答えを選択するのは容易ではない。他者を傷つけず、自己も
共同体も、ともに生きながらえる答えを見つけねばならない。
やわで身勝手な若者が育つ。思い通り行かない世間をねたみ暴発
する。真因は何か。対策は? この問いに答えは有るのか。
騒然たる世相である。 つらい選択に耐える精神を養うのは、学問
より、幼少期に受ける親たちの、子供たちの将来を見据えた公正な
スキンシップなのかも知れない。
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